純タイ期の美術様式
スコータイ美術様式
(13世紀末〜15世紀)
 スコータイ朝はクメール族の政治支配を排除して13世紀中頃に樹立され、短命ながらも建設的な王朝で、建築、彫刻、陶芸などあらゆる美術分野を包括した多彩な民族芸術を生み出し、インドシナ半島の広い地域に長期にわたって大きな影響を及ぼします。
 スコータイの彫工たちは多様な民族文化の蓄積を活用し、優れた美術感覚を駆使しながらその崇高な求法精神を具現した理想仏(特に遊行仏)をつくり出しました。これらの仏像がスコータイ美術の名声をゆるぎないものにしたと同様に、ヒンドゥー教の諸彫像においても優れた独創性が発揮されています。
 さらに、スコータイ美術様式は寺院建築分野でも大きな貢献と影響を見せ、陶芸においても、中国陶工から学んだことで決して見劣りするものではないといわれています。
Sukhothai/スコータイ美術様式
モン族やクメールなどの文化を取り入れながら、 蓮華のつぼみ状の頂華や火炎状の突起物、頭冠の螺髪など、独自の芸術的境地を発展させて いる。ワット・マハタートの中央塔堂(写真左)や1357年に創建されたピサヌロークのワット・プ ラ・シ・ラタナ・マハタートにある黄金の仏像にこの様式が見られる(写真右)。
ラーンナー美術様式
(13世紀頃〜20世紀)
 13世紀末1292年にランプーン地方に在った国を倒して建立されたラーンナー王国、古いモン人の国家ハリプンジャヤ(タイ北部地方)では、ひとつの美術様式が興起し、その独自の美術が20世紀初めまで続きました。ラーンナー美術様式は、一般にチェンセーン美術様式(1327年に造営された都城)またはチェンマイ美術様式(1296年に建設された王国の都城)とも称されています。
 この美術様式はその初期にビルマ在住のモン人が持ち込んだパーラ朝(812世紀、インドのビハール・ベンガル地方)の密教(金剛乗)的美術要素を積極的に取り入れたものと考えられています。
 建築の分野では実に多様で他からのさまざまな影響を受け、政治的な変遷の結果としてビルマから強い影響を受けています。
Lanna/ラーンナー美術様式
都市国家連合ラーンナー・タイ王国の時代に 建造された木造寺院の優美な装飾。チェンマイ(写真上)やチェンライ(写真下)。
アユタヤ美術様式
(14〜18世紀)
 1350年に創設されたアユタヤ朝は、広大な統一国家を創り上げ、それまでの多種多様な美術諸流派を包括し融合されていきました。チャオプラヤ川流域におけるクメール族の政治覇権に終止符が打たれてからすでに1世紀が過ぎ、この新しい王国の初期の美術はそれぞれの地域に存続してきた諸美術伝統を集積したものです。時には先タイ期のドヴァーラヴァティ美術様式やロッブーリ美術様式の衰退期の美術の延長線上に位置づけられています。
 ロッブーリ美術はハリプンジャヤの都ランプーンの影響を受けていました。こうした諸美術様式の展開の中から、13〜15世紀にウートーン美術様式が創り出されています。ウートーン様式で世に知られるのは彫刻(仏像)だけですが、その発展の過程をみると、当時、徐々にその勢力を伸張させていたスコータイ美術様式の影響がうかがえます。
 スコータイ美術様式は15世紀以降アユタヤ美術の主潮となります。建築も同じくいくつかの流れが存在し、そのひとつはロッブーリ美術から受け継いだ祠堂形式の「プラーン」方式を採り入れて発展させています。
 他にも「ストゥーパ」(仏塔)様式を展開させ、あるいはもとからの僧院本堂(ウィハーン=毘訶羅、ウボーソッ=布薩堂)をそのまま残してさらに種々の建築物を取り込んでいます。これらの建造物のほとんどが1767年のビルマ軍によるアユタヤ都城攻略の際に破壊され、今日まで保存されているのはピサノローク、ベッブリー、ナコンシータマラートなどの地方の大寺院建築です。
Ayutthaya/アユタヤ美術様式
スコータイ美術様式の影響を受けた鐘形の仏 塔、ワット・プラ・スリー・サンペット。
バンコク美術様式
(18世紀末〜20世紀初め)
 バンコク美術様式(別称ラタナコーシン美術様式)はアユタヤ美術様式の直系にあたり、18〜19世紀初めの旧都トーンブリや1782年以降の首都バンコクにある大寺院群は、500年以上にわたるタイ国における諸美術様式の変遷の総展覧ともいうべき華麗なさまを披露しています。
 バンコク様式の彫刻は、当初、前代のアユタヤ美術を継承する形をとっていたものが、19世紀第2四半期(1824〜1851年のラーマ3世治下)になると、宝冠仏など像容の新しい傾向と中国美術への傾倒がみられ、像容形式の刷新期となったといえます。
 19世紀半ばを過ぎると(1851〜1868年のラーマ4世モンクット王の治下および1868〜1910年のラーマ5世チュラローンコーン王の治世)合理主義傾向が次第に強まり、これまでの伝統美術に西欧的な様式も導入されています。

Bangkok/バンコク美術様式
黄金に輝くモザイクタイル。そして赤と緑の瓦の コントラストが特徴的なワット・プラ・ケオ内にある様々な装飾。ハヌマーンやキンナリなど、神話 の像も至る所に点在する。
寺院を飾る「神話」の像  タイの伝説や神話に登場する、英雄や悪魔、巨人、半人半獣などが、寺院を飾る重要な要素になっています。
 なかでもタイ王国の印として政府発行の書類等にも使われている、胴体は人間で鳥の頭と足、羽の生えた腕をもつ「ガ ルーダ」は、鳥の王でありヴィシュヌス神の乗り物とされて います。このガルーダの異母兄弟で蛇の王である「ナガ」は、 水の象徴であり、しばしば複数の頭をもって表現されていま す。ロッブリー時代の彫像によく見られます。
 他には、神々がかき混ぜたミルクの海から現れた美しい天女「アプサラ」、女性の頭部と胴体に鳥の羽と足を持つ天女
「キンナリー」(天女「マノーラ」)、牙のような長い歯をもつ巨人「ヤクシャ」、ラーマキエン物語のなかでラマ王妃シータを助けるために援軍導く戦士として登場する猿神「ハヌマーン」などがあります。