タイの民話「マノーラー姫」
鳥族の王国は、ヒマラヤの麓にあるヒマブンの森にあり、サワナコーン(天国の都)と呼ばれていました。鳥族の王には七人の娘がおり、全員が輝くシルクの衣を纏った美しい王女たちです。なかでも7人の一番下の王女“マノーラー姫”は一番美しい王女でした。
7人の王女たちは、満月の夜になるといつも僧侶たちの住んでいる庵の畔にある湖へ空を飛んで行き、翼と尾を取り外して夜明けまで湖で泳いでいました。黄金色に輝く朝日が昇り始めるころには、翼と尾をつけて急いで家に飛んで帰るのです。
ポーンカラ王は、この湖の近くに王国を築いていました。バンはその王国の猟師で、以前に蛇族の王を助けたことから、蛇族の王はもしバンに困ったことがあったときには、必ず助けると約束していました。
ある夜、バンが僧侶たちの庵の近くにいったときに、柔らかい衣擦れの音を耳にします。彼はそっと身を隠し、7人の鳥族の美しい王女たちが楽しそうにしてやって来る姿を見ることができ喜びました。王女たちが傍らに翼を置いて湖に入っていくのを見た彼は、王女たちの美しさの虜となるのです。
「今までの人生の中で、これほどの美しさを持った乙女たちを見たことがありません。我が国の王子が、この王女たちの一人と結婚するとしたら、かってない素晴らしい結婚式になるだろう。」と、彼は思いました。
その時、突然近くで瞑想していた僧侶が起き出しました。
バンは僧侶に近づいて、自分の国のハンサムなストーン王子のために一人捕まえて差し出すためにはどうしたらいいかを尋ねました。僧侶がいうには、蛇族の王の持っている魔法の投げ縄によるしかないだろうとのこと。バンは大喜びしました。バンは、蛇族の王に会いに行って魔法の投げ縄をもらいました。蛇族の王は、バンに魔法の投げ縄の上手な使い方を教えてくれました。
バンは、次の満月の夜を待ちました。満月の夜に、彼は木陰に身を隠して投げ縄の準備をし、王女たちが湖からあがってきて家路に戻るところで、一番美しい王女のマノーラーをめがけて魔法の投げ縄を放ちました。そして、見事にマノーラーをとらえたのです。マノーラーは、縄から逃れようとしましたが、逃れられません。
「お姉さんたち!私にかまわないで、急いで逃げて!まず自分の命のことを考えて、私のために身を危険にさらすことなどしないで、早く逃げて!私は、もし自由になったらすぐに逃げて帰るから。自分たちの身の安全のために逃げて!」と、マノーラーはお姉さんたちに叫びます。
お姉さんたちは、悲しみを心に秘め、妹を残してみんな逃げ去ることになりました。
バンは、捕らえたマノーラーをストーンのもとに連れ帰りました。ハンサムな王子は、マノーラー姫に一目で恋に落ち二人は結婚することになります。しかし、マノーラー姫は、少しも幸せではありません。いつもヒマラヤの麓のふるさとに住む鳥族のことを思っていました。でも、しばらくするうちに、マノーラー姫はストーン王子のことを深く愛し始めるようになりました。そして、自分が、鳥族の王女であるキナリーであることを忘れるようになりました。
ポーンカラが隣国との戦を始めたとき、ストーン王子は、兵隊を引き連れて戦いに行くために愛しいマノーラ王女を宮殿に残すことになります。しかし、いくら任務だとしてもどれほどつらいことでしょう。国王と王妃に、マノーラー姫のことをお願いしました。
ストーン王子には、宮殿の内部に敵がいました。それは、王国の実力者でのある法務大臣で、以前からいつも王子にたてついてきました。王子がいないことを幸いに、大臣は策略を練るのです。
ある夜、国王が不吉な夢を見たので、どういう意味なのかと大臣に聞きました。
「これはいい機会だから、これを利用して忌々しい王子を懲らしめてやろう。」と法務大臣は考え、しばらく、目を閉じて静かに瞑想し、国王の見た悪夢の意味について考えている振りをしました。そして、王子を懲らしめるための策略を考えるのです。
ついに目を開けた大臣は、静かに国王に話しかけました。「恐れながら、国王陛下が見たという悪夢は不吉なことが起こる前兆です。それを避けるためには、国王陛下の大切な方を生け贄として神に捧げる以外にありません。その生け贄に相応しいのは、マノーラー姫です。マノーラー姫を生け贄に捧げることで、不吉なことは避けられるでしょう。」
それを聞いた国王と王妃は、それはあまりにもひどすぎるから他の人ではどうかと考えました。しかし、賢者が予言するには身代わりではだめだとのこと。この話を聞いたマノーラー姫は、国王に向かって、国王のためなら喜んで生け贄になりましょうと伝えました。ただ、生け贄になる前に、お別れの踊りを舞わせてほしいとお願いしまた。国王は、それを許可しました。
マノーラー姫は、翼と羽を身につけて、素晴らしい踊りを舞い始めました。マノーラー姫は、気高く、瞳は輝いていました。優雅な舞いを続けるうちに、マノーラー姫の翼がひろがっていきました。そして、ついに翼がいっぱいにひろがったときに、人々は、ヒマラヤの麓にあるふるさとの宮殿にに向け飛び去るマノーラー姫の姿を見ました。
ストーン王子は、戦場から勝利とともに凱旋帰国しました。王子は、勝利を喜び、その喜びをマノーラー姫と分かち合うつもりでしたが、マノーラー姫の姿はどこにも見えません。王子が、人々の沈んだ悲しみに沈んだ顔を見て、何か不吉な予感がしました。「母上、姫はどこですか?」と、王妃に聞きました。王子の両親は、隠しておくこともできないからと、何がマノーラー姫の身に起こったのかを王子に話して聞かせました。ストーン王子は、狡賢い法務大臣を地下牢に閉じ込めることになります。
マノーラー姫の後を追うことを決心した王子は、まず、湖の畔にいる僧侶に会いに行きました。「王子よ、これは姫があなたへと残していった指輪です。もって行きなさい。王子のこれからの7年と7ヶ月と7日の長い険しい旅のお供をする猿をつけま しょう。王子の旅が、無事であるようにお祈りしております。」と、僧侶はいいました。王子は、僧侶にお礼を言って庵を猿とともにあとにしました。旅は険しかったけれど、猿が、山の中でもジャングルの中でも上手に道案内をしてくれました。
大変に危険な旅の末、ストーン王子は、鳥族の王国にたどり着きました。湖の畔にお供の猿と腰掛けていたときに、鳥族の召使いの女性たちが水くみにやってきました。彼女たちの会話の中から、王子は、その水が、マノーラ王女の人間の世界での垢を洗い流すための儀式で使われることを知りました。
お供の猿が、ストーン王子に、水瓶の中に姫がおいていった指輪を入れておくようにいいました。王子は、誰にも気付かれないようにして、指輪を水瓶に入れることに成功しました。
マノーラー姫は、片時も王子のことを忘れることはありませんでした。水瓶から冷たい水が王女の体にかけられたときに、王子が隠しておいた指輪が王女の膝の上に落ちると、王女は喜び、指輪を拾い上げるのです。
マノーラー姫は、召使いの女たちから、湖の畔に見かけない一人のハンサムな男がいたことを聞いていました。マノーラー姫は、父親のところに行って、ストーン王子が7年と7ヶ月と7日の危険な旅を経て、わたしを連れに来た王子について詳しく父親に説明します。
父親は、姫の身の上に降りかかったことをいつも悲しんでいました。父親である鳥族の国王は、ストーン王子を呼びます。王子は、国王の足下に跪き、王女とのことをお願いしました。国王は、7人の娘たちがよく似ているので、本当に王子がマノーラー姫を見つけることができるかどうか、王子を試すことにしました。
7人の王女たちが同じ服を着て現れたときには、さすがに王子も当惑してしまいます。7人の王女たちは、本当によく似ているし、全員が美しかったからです。しかし王子は、一人の姫のほっそりとした指に、見覚えのある指輪がはめられていたのを見つけることができました。王子は、胸を高鳴らしながら、マノーラー王女を指さし、見事に当てることができました。
鳥族の王国で、喜びの式典が行われることになります。そして、長いお別れの後、マノーラ姫を連れたストーン王子は、ポーンカラ王国に向かって出発。ポーンカラ王国に着いたストーン王子は、亡くなった国王に変わり新しい王になります。
ストーン国王とマノーラー王妃は、長い間、国を統治して幸せに暮らしました。そして、毎年、ヒマラヤの麓にある、マノーラー姫のふるさとを訪れて、そこで、のんびりと過ごしました。鳥族の王国と、ポーンカラ王国は、二人の結婚で、末永く同盟を保つことができました。